「あいつら」にNOを言う

僕の努力を「そんなの意味ないに決まってるじゃないか!」とギャハハと笑いながら否定して、僕への人格攻撃を繰り返す人と戦いたいです。結果を残して「暴言や決めつけの言われない世界」へ行きたいです。

僕は幼少時から読書を続けてきました。趣味(本を開くことそのものが余暇活動)ではなく、「答え」を探すための手段としてです。中学生以降は特に「サッカー部でレギュラーになりたい。もっとうまくなりたい」みたいな目的意識を持って「サッカートレーニング」の本を紐解いたり、プロサッカー選手の自伝を読むなどしてきました。

その中の「目標」の一つに「他人から暴言を吐かれない人間になりたい」というものがあります。家の中の親や学校教師などから叱責、皮肉、罵声、口論の「煽り文句」など、僕の場合様々な「乱暴な言い回し」を言われて嫌な思いをしてきました。だからこそそれに「反論する」、それはこういう意味で違いますよ、あなたの主張はこうおかしいですよを筋道を立てた形で言い返すことができれば、相手は軽はずみな気持ちで僕に暴言を言えなくなるはず。そう信じてコツコツと読書を続けてきました。

小さな努力は確かに無意味かもしれない。最初のころは「効果が小さくて、防御の力は不十分」だから、ちょっと悪口の方向性を変えるだけで僕の「守り」を突破できてしまうかもしれない。でも読書と、試行錯誤を続ければいつかそんな世界(前述)にたどり着けるはずだ。そう信じてこれまでやってきました。

現在(2026年10月時点)、僕は暴言を受け取る頻度が減りました。しかし「間接的な暴言」を受ける被害はまだ多数残っています。AさんとBさんが口論したり、愚痴と他人否定を「汚い口調で」言い合うのを耳で聞かされることがたまにあります。「それっておかしいよ、やめてくれよ!」と他人の価値観に土足で踏み込むような真似は控えるというのが僕の方針なため、今のところ打つ手は限られています。でもいつかそれすらも「封じる」、言えなくするようにしたいものです。

僕の努力を。

読書という「独学での前進」を。

小手先の「姑息な手段」ですり抜けて、僕の耳に「悪口」を何としてでも届けようとする人たちとの「戦い」はしばらく続きそうです。

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